FC2ブログ

KOREAN BOOK CAFE ちぇっちゃり

─コリアンブックカフェ─

「沖縄と朝鮮のはざまで-朝鮮人の<可視化/不可視化>をめぐる歴史と語り」を読んで、印象に残ったこと、考えたこと

「沖縄と朝鮮のはざまで-朝鮮人の<可視化/不可視化>をめぐる歴史と語り」
「沖縄と朝鮮のはざまで-朝鮮人のをめぐる歴史と語り」 表紙

2019年1月に第1版が発行されました。著者は琉球大学准教授の呉世宗さん。あとがきを含めると300ページにもわたる論考、調査記録です。定価4200円と、一般には高価ですが、戦前から現在に至るまで、数少ないであろう記録物を、最大限収集し、調査し、丁寧にまとめられています。文体も決して難しくないため、読みごたえあります。
 ちなみに、ちぇっちゃりでは昨年の9月に、呉世宗さんを招いて、本書を題材にした、学習会をしました。
 
 本書は戦争や政策、政治という観点から、見えない存在と化した沖縄に暮らす在日朝鮮人の歴史について書かれたものです。

戦前、日本軍は朝鮮人を軍夫だけでなく、スパイとみなしていました。米軍の攻撃が激化しても、軍夫らは資材や弾薬の運搬などの現場最前線で働かされ続け、住民らが身をひそめる壕に逃げ込んでも米軍に狙われるからと言って、日本人らに追い出されたといいます。その結果、死の可能性においても日本人との不均衡がありました。
沖縄戦の際、日本軍は「沖縄人総スパイ説」を共有していたといいます。残された証言から、住民たちは自分たちの生存のため、朝鮮人をスパイに仕立て上げ、殺害させるよう仕向けて行った向きがあると分析されています。
戦後すぐに日本国内の外国人登録令、入管令とは別の沖縄特有の取締法が制定されました。そこで漏れ落ちた朝鮮人たちは非琉球人でかつ、無国籍者となってしまいます。選挙権、公務員採用、土地の所有、婚姻届けといった権利を喪失、何の保証もない状態から抜け出すことが不可能となった。そして、戦後史の流れの中で見えにくい存在となっていったといいます。

1960年代中盤より、権力側の視点ではなく、庶民側の視点で語られる記録運動が起こり、人々の体験が聞き取られ記録されていくことに伴い、朝鮮人に関する証言も多く集まるようになり、次第に彼らの存在が見えるようになっていきます。
 記録運動が拓いた語りの空間は、富村順一さんを通じて日本本土にも、もたらされ、また、アジアをはじめとした世界にも開いていくよう推し進められたといいます。その中で、1945年8月20日に起きた久米島での朝鮮人虐殺事件は沖縄と本土を繋ぎ、旧日本軍、日本政府の責任を問うていく可能性を開きました。しかし、富村さんが語りの空間に与えた可能性は、久米島事件が単に、加害/被害という枠にゆり戻されることで、沖縄、日本社会の加害者性について、真摯に向き合う可能性が道半ばで閉ざされてしまったといいます。

 本書では、日本軍慰安婦についての記述も多く見られます。沖縄でも、軍の拠点となるところに慰安所が設置されていき、半ば騙された形で連れてこられた、若い朝鮮人女性たちが慰安婦として、そこで軍人の性処理の道具として使われました。戦後も日本軍から米軍に成り代わり、慰安所は存在し続けます。また、暮らしていくため、変わらず男性の相手をしながら生計を立てる人々も中にはいたようです。本書でも取り上げられている、ぺ・ポンギハルモニは、かつで、慰安婦だったとカミングアウトした沖縄に暮らした朝鮮人女性として有名です。彼女は身寄りがおらず、戦後も沖縄で暮らし続けたいと本人から申し入れ、それを受けた那覇入国管理事務所から法務省へ「特別な配慮」を申し入れ、法務省でそれが受理され、ようやく特別在留許可が下り、戦後も日本で暮らすことができたというご経験をされています。

 最終章は、沖縄に残される様々な戦争にまつわる慰霊碑を取り上げています。私が2018年、初めて沖縄を訪れた時に案内を受けた、普天間飛行場を見渡せる嘉数高台公園や平和祈念公園にある慰霊碑についても、本章で取り上げられており、当時、訪れたときには感じることができなかった観点がありました。
平和祈念公園にある韓国人慰霊搭は韓国という国家体制の重視、反共イデオロギーがベースとなったため、被害にあった人々を南北分断の下で不可視化する性格を帯びることとなったと言います。18年に訪れた時に「この慰霊碑のある土地は韓国政府や民団の権利下にある」というような立札を見たことが印象に残っているのですが、本書を通じて、朝鮮総連が朝鮮人のための慰霊碑を沖縄に建てるための募金活動を行っていたことが分かると、韓国政府は慌てて沖縄を調査、巨額の資金を拠出することを決め、朝鮮総連への対抗という政治的な意図があり、「韓国人慰霊塔」という名前にもなっていたことが分かり、何ともやるせない気持ちになりました。

 敗戦国であるがゆえに、また、原爆被害の記憶が濃いがゆえに、日本社会は自らを戦争被害者という側面で認識しがちです。加えて無残にも戦地で亡くなった軍人を英霊として祀り上げ、美談として語る者も中にはいて、被害の歴史さえ、無かったかのようにしていくという忘却と歪曲をはらんだ、歴史継承の問題が深刻化しています。
 被害の側面で語られる一方で、加害の側面については、ほとんど語られることはなく、保守系の論壇、ネトウヨといわれる人たち、その他一般に暮らす多くの人たちが、歴史修正主義者となり加害事実の矮小化や霧消化が起きています。在日朝鮮人、コリアンの歴史も、その中で変容されていっています。

 沖縄は戦後すぐGHQの占領下におかれ、1972年5月まで、アメリカでありました。そのため本土と比べて、益々その歴史は語られることはなかったと感じます。事実、私自身も恥ずかしながら、沖縄に朝鮮人が存在したという事実にすら、ほとんど目を向けてきませんでした。本書をきっかけとして、その意識は忘れないようにしたいと思います。

 最後に挙げたい重要な観点として、人や歴史には加害と被害、同時に両方の側面があり、この両方の側面に向き合うことで、初めて物事を正しくとらえられるという点があります。
 戦前、沖縄は日本で唯一、外国軍の直接的侵入を受け、甚大な被害を受けました。また、今日でも日米安保条約を傘に、米軍基地問題において、明らかに不均衡な負担が沖縄に強いられ、沖縄は被害者的側面で語られがちです。本書を通じて、沖縄に暮らす朝鮮人らは、日本本土はもちろん、沖縄住民が加害者となり、苦しみに満ちた人生を歩んできたことがひしひしと伝わってきます。60年代の記録運動の中で、日本人の中から加害当事者としての意識に向き合う動きが出てきた一方、うやむやとなったということ、また、私たち自身の日頃の生活空間や私自身の内省からも、加害に向き合うという行為の難しさを同時に考えました。

本書、ちぇっちゃりでも貸出していますので、興味を持たれた方から、ぜひご一読ください!
「沖縄と朝鮮のはざまで-朝鮮人のをめぐる歴史と語り」 場所

スポンサーサイト



 おすすめ

0 Comments

Leave a comment